自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その37 同窓会報第92号(2020年1月1日発行)


自治医大卒業生の地域医療の経験は研究に役立つの?」

                         自治医科大学精神医学 塩田勝利(福島・21期)
Ishikawa Shi

 自治医大卒業生で、自治医大で精神科をしています福島県21期卒の塩田です。自治医大卒業生は地域医療が義務づけられていますので、卒業生は基本的に臨床の道に進むことになります。私も卒業後は地域医療に少しばかりですが貢献(?)し、初期研修後は県立病院の内科医として3年、診療所の所長として4年勤務し、少し人より長い卒後12年で義務年限を終了しました(計算が合わないのは、自治医大での3年間の後期研修が義務年限にカウントされなかったからです)。現在、一応大学の教員をしておりますので、自分の研究や大学院生の指導をしています。自治医大の卒業生、特に義務年限中は「研究はしたくなくても出来ない」、「地域医療をしていても研究の役には立たない」と思っている人が多いかもしれません(私もそうでした)。
 しかし大学で研究をすると、地域医療の経験が自分の研究に貢献していることに気付かされます。そのため本コラム表題の「自治医大卒業生の地域医療の経験は研究に役立つの?」の答えですが、「私のような王道の研究から外れて隙間産業的な研究をする者には、地域医療の経験はすごく役に立つ」となります(自治医大の卒業生でも、優秀な人は王道の研究に進んで下さい)。
 具体的に地域医療の経験が役立った例を紹介します。抗うつ薬により高体温をはじめとするセロトニン(5-HT)症候群を呈したうつ病患者さんを治療しましたが、この5-HT症候群には対症療法しかありませんでした。しかもこの5-HT症候群は抗うつ薬により引きこされたため、5-HT症候群改善後の抗うつ薬の選択に悩みました。この経験から着想を得て、基礎研究を行いました。5-HT症候群は5-HT2A受容体活性亢進が関与していることが分かっていましたので、5-HT2A受容体拮抗作用を持つ抗うつであるミルタザピンが、セロトニン症候群の動物モデルによる高体温に有効であることを明らかにし発表しました1)。基礎研究と言うと難しいことをしていると感じかも知れませんが、この研究手技はラットの腹腔内に薬剤を投与し、直腸温を測定するだけです。極端に言えば小学生で可能です。では何故、他の人がこのような研究をしなかったと言えば、精神科医側からすると5-HT症候群は身体疾患なのだから精神科医が治療や研究をするものでないと考えがちですし、身体科医側からすると精神科医が処方する薬剤で引き起こされる疾患なのだから精神科医が研究すべきだとの考えがあったのでしょう。地域医療の経験がある精神科医である私からすれば、「こんな簡単に実験を行えて、有益な情報がでるのに誰もやっていない。それならやろう」となるわけです。私の行った研究や症例報告にはこのような例が多々あります。多々あるというか、このような観点から着想を得て行った研究ばかりです(王道的な研究ですと大きなところに太刀打ちできませんから)。
 さらに大学に所属していますと、このご時世ですので科研費等の研究費を獲得しろとのプレッシャー(パワハラ?)があります。この研究費獲得の面でも、地域医療の経験を生かした隙間産業的な申請で獲得できます(くどいようですが優秀な人は王道を歩んで下さい)。これも具体例を挙げますと、私は現在「カフェイン中毒の病態解明と治療法の開発」で科研費を獲得しています。これも臨床で経験したカフェイン中毒患者の治療法が、対症療法しかないことから着想を得て申請しました。この題名だけからみると精神科領域の研究とはなかなか思えませんね。実際その通りで、科研費の申請研究分野(科研費を申請するときに、どのような分野であるか選択します。そしてその分野の専門家が審査する建前になっています)は「救急医学」になっています。このように自分の専門分野と地域医療での経験を組み合わせることによって、専門分野のみで研修を積んできた研究者と差別化でき研究費も獲得することができるのです。
 このように少なくとも私にとっては、地域医療の経験は研究や研究費の獲得についてかなり役立っています(隙間産業的ですが)。
 私は大学教員で一応博士号も持っていますので、大学院はどこですかとか、留学はしましたかとか聞かれることがあります。しかし、私は大学院進学も留学もしていません。大学院や留学に行かなくても、地域医療で経験したことや感じた疑問への探求心があれば研究者としてやっていくことができます(私のような隙間産業研究者なら。立派な研究者を目指す方は大学院も留学も行って下さい)。この会報を読んでいる義務年限中の先生方は、自分は研究とは程遠いところにいると感じているかもしれません。しかし今の経験は必ず研究に役立ちます。もし研究をしたいと思ったら是非CRSTに連絡して下さい。そして皆様の研究活動を是非手伝わせて下さい(私はあまりCRSTで活躍していませんが、頼りになる先生方がたくさんいます)。
                                            kazs@jichi.ac.jp

1. Shioda et al. Mirtazapine abolishes hyperthermia in an animal model of serotonin syndrome. Neurosci Lett. 2010.

(次号は、自治医科大学精神医学教授の須田史朗先生の予定です)


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